環境と健康ひろば
北海道スタディ

2013年9月6日

環境化学物質曝露と遺伝的感受性素因の複合効果-母の喫煙が胎児発育に及ぼす影響

【研究目的】

近年,化学物質代謝に関わる遺伝子多型により疾患に対する個体感受性が異なることが明らかとなり,心疾患,悪性腫瘍,高血圧,糖尿病などの生活習慣病も環境要因と遺伝要因の複雑な交互作用により発症することがわかってきた(Kraft et.al, 2005)。そこで,北海道スタディでは環境化学物質の胎内曝露と母児の感受性素因との関連についても検討を行っている。

ここでは一般住民における環境化学物質曝露として妊婦の喫煙を取り上げ,胎児発育へ及ぼす影響を修飾する遺伝的感受性の関与についてまとめた。妊娠中の喫煙は母児共に高リスク要因とされており,母体では流産,早期破水,胎盤剥離,前置胎盤といった妊娠合併症が起こりやすくなり,胎児では早産,低出生体重児,周産期死亡が起こりやすくなる(England et al., 2001; Cnattingius et al., 2004; Bernstein et al.,2005)。しかし,妊婦の喫煙による胎児発育への影響には個体差がみられることから,化学物質に対する遺伝的感受性の関与が示唆されてきた。

北海道スタディの日本人妊婦を対象として,たばこ煙中化学物質の多環芳香族炭化水素(PAHs)の代謝,解毒酵素であるCYP1A1遺伝子(T>C),GSTM1遺伝子やニトロソアミン類の代謝酵素であるNAD(P)H: quinone oxidoreductase1 (NQO1)遺伝子(C>T)とAryl hydrocarbon receptor (AhR)遺伝子(G>A)の多型と妊娠中の喫煙との交互作用が胎児発育に及ぼす影響について検討した。AhR遺伝子はCYPの分子種の調整因子であり,PAHs,ダイオキシン類,PCBやDDTなどのリガンドと結合し,プロモーター領域に応答配列を持つCYP1AやCYP1Bなどの発現を誘導すると考えられている受容体である。CYP1A1 遺伝子TC/CC 型ではTT 型よりも酵素活性が上昇しているため,中間代謝物であるジオールエポキシドなどの発がん性物質の生成が促進されることがわかっている。また,GSTM1 遺伝子のNull 型は酵素活性が欠損しているため解毒能が低くなる。NQO1 遺伝子は基質によって代謝活性化と解毒化の両方の働きをする酵素であるが,ニトロソアミン類に対しては代謝活性化に関与すると考えられている。ニトロソアミン類は肺腺がん発症との関連が示唆されていて,日本では非喫煙の女性に患者が多いため受動喫煙曝露が関与している可能性が考えられている発がん物質である(Kurahashi et al.,2008)。

【研究結果】

まず,遺伝子型を考慮しなければ,妊娠中の母親の喫煙で出生時体重は135 g 低下したが(p=0.002),母親の遺伝子型で分類した場合の出生時体重はAhR 遺伝子多型がGG 型では211 g (p=0.006),CYP1A1 遺伝子多型がTC/CC 型では170 g (p=0.01),また,GSTM1 遺伝子多型がNull 型では171 g 低くなり(p=0.004),遺伝子型を考慮しない場合と比較するとより大きく低下した。さらに,AhR 遺伝子とCYP1A1 遺伝子の多型を組み合わせるとAhR 遺伝子GG 型でかつCYP1A1 遺伝子TC/CC 型では315 g低くなり(p=0.007),また, CYP1A1 遺伝子とGSTM1 遺伝子の組み合わせでみると,出生時体重は母親の遺伝子型がCYP1A1遺伝子TC/CC 型でかつGSTM1 遺伝子Null 型では237 g低下した(p=0.01) (Fig1)。一方,妊娠中喫煙しなかった母親では遺伝子多型によって出生時体重が低下することはなかった。

4-1_図1

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次に,妊娠中に喫煙すると母親のNQO1 遺伝子多型がCT/TT 型では出生時体重が77 g 低くなったのに対して,CC 型では体重の低下がより大きく199 g であった(p<0.001)。NQO1 遺伝子の多型は出生時体重だけではなく出生時の身長と頭囲にも影響がみられ,CT/TT 型では出生時身長が0.2 cm,出生時頭囲が0.3 cm 低下したのに対し,CC 型では出生時の身長が0.8 cm (p=0.007),頭囲が0.7 cm のより大きな低下を示した(p=0.006)(Fig2)。このように,母児の遺伝子多型によって妊娠中のたばこ煙曝露による胎児や胎盤系への影響に個体差がみられたと考えられる。

 

4-1_図2

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【考察・今後の展開】

胎児発育は妊娠初期よりも妊娠後期の喫煙曝露に影響を受け,禁煙することで胎児発育に及ぼすリスクが減少することがわかっている.この研究では,母親が妊娠初期に禁煙した場合は母親の遺伝子型にかかわらず,出生児の体重,身長,頭囲は非喫煙の母親からの出生児と変わらなかった。以上のことから,遺伝的ハイリスク集団に焦点を当てた禁煙指導が重要であることが示唆されたといえる。

今回認められた出生時身長および頭囲の減少については小児神経発達あるいは幼児期の問題行動との関連も報告されていることから(Kallen et al.,2005; Wiles et al.,2006),今後さらに遺伝的感受性素因の個体差が小児の発達に及ぼす影響についても検討して遺伝子-環境交互作用を明らかにする必要がある。

今後の研究では内分泌かく乱化学物質などの環境要因の検討と同時に環境化学物質の代謝に関与する遺伝子多型について解析し,遺伝子-環境交互作用を総合的に検討して遺伝的ハイリスク群の存在を解明することが必要である。それにより,ハイリスク群に効果的な予防対策を構築することが可能となり,妊娠時および出生時におけるリスクの減少のみならず,乳幼児期以降の疾患の予防,さらには,成人期における生活習慣病発症の予防への貢献も期待される。

 

【原著論文】

Sasaki S., Kondo T., Sata F., Saijo Y., Katoh S., Nakajima S., Ishizuka M., Fujita S., Kishi R.; Maternal smoking during pregnancy and genetic polymorphisms in the Ah receptor, CYP1A1 and GSTM1 affect infant birth size in Japanese subjects. Mol Hum Reprod. 12 (2):77-83, 2006.

 

Sasaki S., Sata F., Katoh S., Saijo Y., Nakajima S., Washino N., Konishi K., Ban S., Ishizuka M., Kishi R.; Adverse birth outcomes associated with maternal smoking and polymorphisms in the N-Nitrosamine-metabolizing enzyme genes NQO1 and CYP2E1. Am J Epidemiol. 167 (6):719-726, 2008.

 

Kishi R., Sata F., Yoshioka E., Ban S., Sasaki S., Konishi K., Washino N.; Exploiting gene-environment interaction to detect adverse health effects of environmental chemicals on the next generation. Basic Clin Pharmacol Toxicol. 102 (2):191-203, 2008.

 

2013年9月6日 更新 キーワード:, , , ,

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