挨拶

私たち公衆衛生学の分野が目指しているのは、病気になる原因を突き止め、できるだけその要因を日々の暮らしから遠ざけることです。眼の前の患者さんの診察・治療が主体の医療とはアプローチは違いますが、目指していることは同じ「人々の健康維持」にほかなりません。

病気の要因は、感染症のように比較的早く原因がわかるものもあれば、10年、20年と長い年月で少しずつ健康を蝕むような非常に原因がわかりにくいものもあります。また、原因はひとつとは限らず、ひとりひとりの特性も含めいくつかの要因が重なることで病気になる場合もあります。

このような場合、因果関係を丁寧に観察せず、少ない事例だけで「これが病気の原因だ」と短絡的に決めつけてしまうと、ほんとうの原因に気づかない危険性があります。そこで、長い年月に渡り、多様な要因の中から病気の原因を突き止める方法として、「コーホート調査」という研究手法が行われています。

この「コーホート調査」は、日本はもちろん世界各地で行われており、10年20年といった長い年月をかけ、何万人という人たちを対象に、病気と要因の因果関係を追跡調査しています。私たちが行っている「環境と子どもの健康に関する研究( 北海道スタディ)」も日本の大規模コーホート調査のひとつです。

北海道スタディは、身の回りの化学物質が子どもの健康にどのような影響を与えているのかを調査するために、2001年に始めました。2万組の母子にご協力いただき、胎児から成長段階にある子どもに焦点を当て、健康に関係するデータを集め分析し、エビデンスを蓄積しています。そして、立ち上げから20年が経ち、いくつもの興味深い研究成果をご報告できるようになりました。これも、ご協力いただいているお母様、お子様のみなさま、病院や研究機関のみなさまのおかげです。心より感謝申し上げます。

今後も私たち研究チームは、次の三つの目、現象を見渡し因果関係を見つける「大きな目」、病気や健康被害の原因を見つける「鋭い目」、そして、心底、人間的に温かく人に「寄り添う目」を持ち、「集団としての人々の健康を守る研究」を行って参ります。

最近は、地球規模の環境問題において、人間の健康にも地球の健康にも良い環境を作ることを目指す「プラネタリー・ヘルス」という考え方が注目を集めています。人間活動の影響を受けやすい動植物や気象の変化も視野に入れながら、北海道スタディも、参加者のみなさまからいただいたデータを地球全体のより良い環境づくりにまでつなげられるよう研究を進めていきます。

そのために、医学、歯学、保健科学だけでなく、教育学、食の安全に関わる農学・水産学、毒性研究の獣医学、そして、工学、情報学、生命倫理や社会科学など、さまざまな分野との共同研究と教育を展開していこうと考えています。

これからも「北海道スタディ」に注目していただき、多くのみなさまのご協力をお願いいたします。

『環境と子どもの健康に関する研究(北海道スタディ)』
研究代表者 岸 玲子