暮らしの中の化学物質

概要

北海道大学環境健康科学研究教育センター
特任准教授 アイツバマイ ゆふ

化学物質は私たちの生活を快適にし、また衛生環境を保つためにも使用される便利なものです。例えば、農薬は食物の害虫被害などを予防し、殺虫剤や防虫剤などの使用は私たち自身や身の回りの環境を快適に保ちます。これらは使用していることを意識がしやすい化学物質です。一方で、製品の使用や食事などの日常生活や呼吸により、気が付かないうちに体内に取り込んでいる化学物質もあります。例えば、プラスチックを形成するときに添加されるフタル酸エステル類はプラスチック製品に含まれます。撥水性や撥油性を持たせるために使用される有機フッ素化合物はフッ素樹脂やフッ素加工製品(防水スプレーやフッ素加工の調理器具など)に含まれます。また、製品を燃えにくくするために添加されるリン酸トリエステル類は難燃性の製品(電化製品やカーテンなど)に使用されています。加えて、室内ではこれらの化学物質が付着したほこりを介して体内に取り込むこともわかっています。

北海道スタディでは、暮らしの中にある身近な化学物質を対象に調査しています。これらの化学物質がどのくらい体内に取り込まれているのかを調べるため、参加者さんの生体試料(尿や血液)中の化学物質の濃度を測定しています。また、室内の化学物質濃度の目安としては、室内空気やハウスダスト中の濃度を測定しています。

調査方法と調査結果

北海道スタディに妊娠中からご参加のお母さんや生まれてきたお子さんから提供いただいた血液や尿中の化学物質濃度を測定します。さらに、掃除機で収集したほこりを提供いただき、住宅内に存在している化学物質の種類と濃度を測定します。

これらの生体試料は、分析の前に夾雑物(きょうざつぶつ; 混じっている余分なもの)の除去などのために前処理をした後、液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)で分析します(写真①)。ほこりは、髪の毛や紙くずなどをピンセットで取り除いた後(写真②)、ふるいにかけたものを抽出し前処理後のサンプルをガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)で分析します。

①化学分析の様子
②住宅を訪問し、家の中のほこり採取の様子

規制された化学物質の濃度は減っても、新しい化学物質の濃度が増える

2003年から2011年に参加者さんから提供いただいた血液中の有機フッ素化合物濃度を測定し、採血した年ごとに濃度比較をしたところ、血中のペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)およびペルフルオロオクタン酸(PFOA)の濃度は2003年から2011年の間で減少し、ペルフルオロノナン酸(PFNA)およびパーフルオロデカン酸(PFDA)の濃度は増加していることがわかりました。観察期間で血中濃度の変化が見られた4種の有機フッ素化合物はいずれも対象者全ての血液検体から検出され、世界的にも低濃度である北海道でも全ての人がこれらの有機フッ素化合物を体内に取り込んでいることがわかりました。

母体血中有機フッ素化合物の2003-2011年の年次変化(Okada et al., 2013, Environ Int)

また、2012年から2017年の期間にお子さんから提供いただいた尿を用い、尿中のリン酸トリエステル類、ビスフェノール類、フタル酸エステル類濃度を測定し、採尿年ごとの濃度比較をしたところ、リン酸トリエステル類の尿中代謝物濃度は2012年から2017年の間で増加していました。BPA濃度は減少傾向、BPAの代わりに使用されるBPSの濃度は増加していることがわかりました。フタル酸エステル類は、2012-2017年の観察期間では濃度の変化は見られませんでした。これらは子どもの尿中においても80-100%の尿検体から検出されたことから、ほとんど全ての人がこれらの化学物質を体内に取り込んでいることがわかりました。

7歳児の尿中リン酸トリエステル類、ビスフェノール類、
フタル酸エステル類の2012-2017年の年次変化
(Bastiaensen et al., 2020, IJHEH; Gys et al., 2021, Environ Pollut; Ketema et al., 2021, IJHEH)

PFOSおよびPFOAは、内分泌かく乱作用による工業業界の自主規制やストックホルム条約での世界的な規制により環境中の濃度が減少し、PFOSとPFOAの代わりとなる化合物のPFNAやPFDAの製造や使用の増加がヒトの血中濃度にもダイレクトに反映されています。同様に、子どもの尿においても、ストックホルム条約による臭素系難燃剤の規制後に使用量が増えたリン酸トリエステル類(リン系難燃剤)の尿中濃度の増加、また、1993年にポリカーボネート製器具及び容器・包装への規格基準が設定されたBPAの減少と、代替物質のBPS濃度の増加など、規制や化学物質使用に関する世界的な動向が生体内の濃度にも影響するということがわかりました(PFOSは2009年、PFOAは2019年にストックホルム条約に追加)。フタル酸エステル類は2010年以前に育児用品や食品容器など一部のプラスチック製品への使用が規制されており、既に濃度減少後の観察期間であった可能性が考えられます。欧州では、2018年に4種類のフタル酸エステル類(DiBP、DBP、BBzP、DEHP)のプラスチック製品への使用を2020年7月までに実質禁止することが決定されたことから、今後、日本でもこれらのフタル酸エステル類の濃度がさらに減少する可能性はあるでしょう。

今後の研究課題

化学物質の規制や基準値の設定には体内の濃度だけでなく、健康影響を評価する必要があります。北海道スタディでは、皆さんからいただいた生体試料を用いて測定した化学物質濃度と、調査票から評価した健康に関する情報との関連性を検討し、身の回りに潜む化学物質による健康リスクを評価しています。北海道スタディで明らかになった成果は、化学物質使用に関する規制やガイドラインの必要性の検討のための科学的知見に役立てられています。ただし、化学物質は生活に欠かせないものです。そのため、リスクを正しく知り、長期的に安全に利用できる種類と量を守って使っていくことが大切です。研究を進めていくと、中には人体に影響の無い化学物質も見つかりました。それも成果として発表し、化学物質すべてを恐れて「化学物質ゼロ」など無理なことを目指すことなく、健康を保持できる化学物質との付き合い方を提案していきます。

参考文献

 

 

 

 

キーワード
化学物質、曝露評価、フタル酸エステル、有機フッ素化合物、リン酸トリエステル、ビスフェノール、ハウスダスト