環境と健康ひろば
室内空気質と健康

2013年9月6日

環境化学物質−フタル酸エステル類−による影響

【フタル酸エステル類とは】

フタル酸エステル類は、ベンゼン環に二つのアルキル基がエステル結合している構造を持ち、沸点は240-260〜380-400℃と高く、揮発性はあまり高くない半揮発性有機化合物である。その用途は多岐にわたり、可塑剤(柔軟性を与えて成型し易くする)としてプラスチック製品や塩化ビニル製品に加えられることが多いが、その他にも医療器具、医薬品、化粧品、香水の賦香剤、パーソナルケア用品、洗剤、クリーニング剤、接着剤、農薬の補助剤、塗料、繊維製品、内装材、フロアタイル、食品容器、ラップ等に使用される。最も多く使用される化合物はDEHP(ジ(2-エチルヘキシル)フタル酸)で、その他DiBP(ジイソブチルフタル酸)、DINP(ジイソノニルフタル酸)等がある。フタル酸エステルは塩化ビニルや樹脂とは化学的に結合していないため、時間の経過とともに徐々に滲みだし、空気やダストなどとの間で濃度の平衡を保つと考えられている。

代謝は比較的早く、体内での蓄積性はほとんどないが、その汎用性の高さから、恒常的に曝露されると考えられている。実際に生体からは尿、血清、羊水、母乳から検出され、また環境中では空気中、ダスト中、水、食べ物、牛乳から検出される。曝露経路としては、フタル酸エステル類を含む食品、水や液体の摂取、乳幼児にとっては玩具をしゃぶることで経口摂取される。また、パーソナルケア用品のうち例えば制汗剤などのエアロゾルやダストの吸入、化粧品やパーソナルケア用品からの皮膚吸収のほか、一部医療器具などからの非経口曝露が懸念される。

【諸外国で行われたフタル酸エステル類と健康影響に関する報告】

動物実験からは、抗アンドロゲン作用とテストステロン濃度の異常、性分化、特に男性生殖器の異常、出生体重低下や早産、アレルゲンまたは免疫系へのアジュバント作用が報告されているが、人を対象とした疫学研究は少ない。

生殖器系への影響としては、停留精巣の男の子と健康な男の子を対象にした研究で、母乳中フタル酸エステル類代謝物濃度とテストステロンの負の相関やステロイドホルモン結合蛋白質や黄体形成ホルモンとの正の相関がある。また、赤ちゃんの身体測定から胎児期のお母さんの尿中フタル酸エステル類濃度や羊水中濃度が高いと、肛門性器間距離の低下、陰茎長や陰茎の太さが小さくなることが報告されている。成人男性では、不妊症傾向の男性で、フタル酸エステル類の濃度が高いと精子の濃度や量・運動性が低い事が報告されているが、一般集団ではその関連性は見られない。また、胎児期曝露による児の精子能への影響についても不明である。一方、曝露による女児の思春期早発や早期乳房発育が報告されているが、いずれの報告もサンプル数が少なく、因果関係はわかっていない。

胎児や生後発達への影響としては、曝露は在胎週数を低下させる結果と増長させる結果があるが、対象とする化合物の構造によって相反する可能性があり、その影響は解明されていない。また、生後の発達では、曝露と学童の問題解決力、注意力、集中力、適応力、言語力などが負の相関を示すことが報告されているが、報告数は2報と少なく横断研究のため、因果関係についてはわかっていない。

アレルギーや喘息に関しては、フタル酸エステル類(特にDEHP)が含まれるポリ塩化ビニル製の床材や壁紙の使用が有意に喘鳴、咳漱等の呼吸器系の症状リスクをあげること、ダストに含まれるDEHPやBBzP濃度が喘鳴、鼻炎、湿疹のリスクになることが報告されたが、いずれも北欧・東欧の報告で報告数は限定されている。

【北海道大学環境健康科学研究教育センターにおける研究】

私たちの研究グループでは、日本の6地域の比較的新しい戸建て住宅、および地域の小学生を対象に室内フタル酸エステル類とアレルギーやシックハウス症候群との関連について研究を実施してきた。その結果、ダスト中DEHP 、DINP濃度は欧米や中国、台湾等の諸外国と比較して高めだったが、DnBPやBBzPはむしろ低い濃度であった(図1)。また、小学生の尿中フタル酸エステル類の代謝物濃度を調べた結果、DEHP代謝物のMEHPや5ox-MEHPは諸外国よりも高い濃度であった(図2)。このことから、日本ではDEHPは室内空気質からの曝露レベルが高く、また個人曝露量も多い事が明らかになった。


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戸建て住宅においてフタル酸エステル類曝露と居住者の健康では、BBzPで皮膚炎(OR=2.1, 95%CI:1.1-4.0)、 DEHPで結膜炎(OR=3.5, 95%CI: 1.6-8.9), DEHA(アジピン酸ジエチルヘキシル)で喘息(OR=3.25, 95%CI: 1.46-7.23)と結膜炎(OR=2.23, 95%CI: 1.23-4.07)の有訴リスクが高い結果となった(表1)。

2-5_表1
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札幌市内小学生6400人を対象に調査を行い、住宅環境測定を行った128軒について解析した結果では、床ダスト中のDnBP, DEHP濃度が児の鼻結膜炎の有訴のリスクが高い結果となった(DnBP: OR=2.5, 95%CI:1.1-5.3; DEHP: OR=10.2, 95%CI: 2.3-45.4、性、学年、親のアレルギー歴、世帯収入、湿度環境、ダニ、エンドトキシン、βグルカンで調整)。一方、尿中代謝物濃度と喘息やアレルギーとの関連は見られなかった。この理由の一つとして、住宅環境測定を行った小学生児童のサンプルサイズが不十分であったことが考えられる。そこで、現在は北海道スタディの7歳児を対象に自宅ダストと尿を採取し、フタル酸エステル類曝露と喘息・アレルギーとの関連を調査中である。

一方、これらの研究は横断研究であり、因果関係を証明することが困難であるため、更なる疫学研究が必要とされている。そこで、フタル酸エステル曝露による次世代影響を検討するために、保存してあった母体血中のDEHP代謝物であるMEHPの濃度を調べ、臍帯血中IgEおよび18ヶ月、42カ月児の喘息・アレルギー有病へのリスクを前向き研究として検討した。これまでの解析の結果からは、胎児期のDEHP曝露とIgEおよび18ヶ月、42カ月児の喘息・アレルギー有病との関連性は得られていない事から、DEHP曝露によるアレルギー発症への次世代影響はない可能性が示唆された。

2013年9月6日 更新 キーワード:, , ,

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