環境と健康ひろば
高齢者サポートネットワーク研究

2014年12月17日

在宅高齢者を対象とした介護予防型家庭訪問の開発

【背景と目的】

 介護支援が必要とされる認知症高齢者は増加の一途をたどり、2025年には323万人になると推測されています。現在までに薬物療法は効果が限定的であり、薬物を用いない介入の必要性が示唆されています。過去に、回想法や学習療法、運動といった薬物を用いない介入が認知機能の改善に有効であるという報告もありますが、介入は画一的な集合型プログラムが中心でした。北欧では、地域在住高齢者に対する家庭訪問が制度化されていますが、認知症予防に焦点を当てた報告はこれまでのところありません。
 池野らは、2007年から2008年にかけて北海道本別町および鷹栖町在住75歳以上の高齢者を対象として作業科学の理論に基づいた『作業バランス自己診断』を用い家庭訪問による介入を実施しました。その結果、認知機能に改善傾向を認め、在宅高齢者に対する個別プログラムの可能性を報告しました。しかし、対象者数が22名と少なかった為、2009年には対象者を増やし、『作業バランス自己診断』も高齢者の理解を助けるよう改変した『在宅高齢者生活機能向上ツール(Functioning Improvement Tool: FIT)』を開発し、家庭訪問の無作為化比較試験を実施しました。

【対象と方法】

 対象者は、2008年10月1日時点において、65歳以上の北海道新ひだか町または日高町市街地在住者のうち、研究への同意を得られた252名です。対象者は、(1)介護認定で要支援1、要支援2、経過的要介護、要介護1に認定されている方、(2)特定高齢者(活動が衰えつつある高齢者)をスクリーニングする基本チェックリスト25項目のうち1項目以上チェックがついた方としました。
 対象者を無作為に介入群(128名)と対照群(124名)に振り分け、介入群には、2009年1月より1ヶ月に1回、3ヶ月間、1回あたり約1時間の『在宅高齢者生活機能向上ツール(FIT)』を用いた家庭訪問を行いました。対照群には、家庭訪問は実施しませんでした。
 家庭訪問で用いたFIT(図1)は、6つのステップから構成されています。ステップ1では、1日の作業を書き出します。ステップ2では、書き出した作業についてそれぞれ誰のために行ったのか記載し、その作業を義務として実施したのか、願望として実施したのか 記載します。ステップ3では、意味づけされた各作業を4つに分類し作業数を集計します。ステップ4では、分類された作業が全体に占める割合を計算します。ステップ5では、作業の割合をクモの巣グラフに表し、自分の作業バランスを視覚化します。最後のステップ6では、今の生活をどう考えているのか、調査対象者と訪問者が話し合い訪問を終了します。

 

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  訪問の効果を評価する認知機能は、Mini-Mental State Examination(以下MMSEと略す)を実施しました。MMSEは、11項目30点満点で構成されています。訪問で聴取する項目は、年齢、性別、居住地区、介護レベル、教育歴、年収、2008年9月の介護保険給付月額、既往歴、居住形態、婚姻歴、団体やサークル活動参加の有無です。対象者252名のうち、介入期間中の脱落者は42名、認知機能評価尺度に欠損値がある者は11名であり、分析対象者は介入群99名、非介入群100名でした(図2)。

※ミニメンタルステート検査
認知症のスクリーニング用に、米国で1975年、フォルスタインらが開発した質問セットである。11項目の質問からなり、見当識(時間と場所)、記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力などを検査する。30点満点のうち24点以上を正常と判断、20点未満では中等度の、10点未満では高度の知能低下と判断する。(参考Wikipedia)

 

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【結果】

 介入前の対象者の背景は、平均年齢78.6歳、75歳以上の高齢者129名(64.8%)、男性60名(30.2%)でした。事前評価において介入群と対照群の特性に差はありませんでした。
 介入前後において介入群のMMSE得点平均値(標準偏差)は、事前評価24.2(4.3)点から事後評価25.0(4.8)点へと有意に改善しました(P=0.004)(図3)。


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  認知機能の重症度別に結果を見ると、軽症の認知機能低下群において対照群と比較して介入群のMMSE得点変化が有意に改善しました(P=0.04)(図4)。一方、重度の認知機能低下群と認知機能障害なし群においては認知機能の変化を認めませんでした。

 2010年には、この認知機能改善効果が、FITそのものの効果によるのか、会話を含む訪問の効果であるのか判定するために、家庭訪問を受けなかった対照群の対象者(31名)に対して再度無作為比較試験(対照群:日常会話を行う30分間/回の家庭訪問)を実施しました。その結果、介入群の前頭葉機能が改善し、認知機能の改善はFITの直接的な効果であることを確認しました(表1)。

 研究に参加した方への面談によると、約2割の対象者がFITを難しいと感じ、生活そのものに変化があったと回答しました。このような回答をした高齢者の中には、初めて文字を書くことや計算を行う高齢者、冬季の北海道で外出を控えがちな高齢者が目立ち、FITが高齢者にとって生活を変えるほど大きな刺激となることがわかりました。また、面談により介入する訪問者には、守秘義務が課され、かつ、健康相談にも応じられる保健医療の専門家を望み、家庭訪問の回数は年4回を望む意見が多いことがわかりました。

※前頭葉機能検査
FAB (Frontal Assessment Battery at bedside) と呼ばれる前頭葉機能検査は、簡便に前頭葉機能(行動を計画、立案、実行する機能)を測定できる検査である。6つの項目からなり面接形式で行う。

【結論】
 これらの結果より、我々が開発を手がけたFITを用いた家庭訪問は、今後も老年人口が増加する我が国における在宅高齢者の認知症予防、および認知機能低下による要介護状態への移行を抑止する有用な手法となる可能性が示唆されました。しかしながら、介入は3ヶ月間と短期であり、長期的に介入を行った場合の効果については今後の研究課題として検討しています。

【主な発表論文名】
1. Ukawa S, Satoh H, Yuasa M, Ikeno T, Kawabata T, Araki A, Yoshioka E, Murata W, Ikoma K, Kishi R, A randomized controlled trial of a Functioning Improvement Tool home-visit program and its effect on cognitive function in older persons. International Journal of Geriatric Psychiatry. 2012 ; 27(6):557-564.
2. Ukawa S, Yuasa M, Ikeno T, Ikoma K, Kishi R, The effect of a functioning improvement tool home visit program on instrumental activities of daily living and depressive status in older people. Int J Geriatric Psychiatry. In Press.
3. Ukawa S, Yuasa M, Ikeno T, Yoshioka E, Satoh H, Murata W, Ikoma K, Kishi R, Randomised controlled pilot study in Japan comparing a Functioning Improvement Tool home visit program with a home visit with conversation. Australasian Journal on Ageing. In press.
4. Yuasa M, Ikeno T, Ukawa S. Relationship of general trust with individual health and life related factors among frail elderly residents at home in Hokkaido rural areas in Japan. Health. 2012; 4(6): 327-333.
4. 鵜川重和、池野多美子、川畑智子、湯浅資之. 在宅高齢者生活機能向上ツールを用いた予防型家庭訪問-家庭訪問の意義と今後の課題. 保健師ジャーナル 2011; 67(12): 1118-1123.
5. 鵜川重和、佐藤浩樹、池野多美子、湯浅資之、川畑智子、吉岡英治、村田和 香、生駒一憲、岸玲子. 在宅高齢者生活機能向上ツールを用いた家庭訪問研究―認知機能への効果、北海道農村医学会雑誌 2011; 4352-56
6. 鵜川重和.「在宅高齢者生活機能向上ツールを用いた予防型家庭訪問の認知機能改善効果-無作為化比較試験-」, 北海道医学雑誌, 86(2):109-116, 2011
(参考資料)
Ukawa S. Preventive Home Visit For Older People. The Third Hokkaido University Sustainability Research Poster Contest 2011. URL: http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/47374?mode=full

 

2014年12月17日 更新 キーワード:,

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