環境と健康ひろば
北海道スタディ

2013年9月6日

妊婦の葉酸値と先天性単発奇形との関連

【研究目的】

先天性単発奇形の要因は、染色体異常や多因子遺伝が大部分を占める。多因子遺伝は環境要因と遺伝子要因との相互作用により発生するが、そのメカニズムはまだ解明されていない。先天性単発奇形の一つである神経管欠損症は、妊娠前葉酸サプリメント摂取や血中葉酸濃度低値との関連が大規模コーホート研究で示されているが、他の先天性単発奇形発症リスクとの関連は、結果が一致していない(Krapels et al. 2006; Czeizelet al. 2004; コクランデータベース・システムレビュー 2010)。その要因には,先行研究の多くがケースコントロール研究であるために、対象者選出時の選択バイアスが影響を与えている可能性がある。また、体内葉酸量は、妊娠前後の葉酸サプリメント摂取有無や食事摂取量調査などの主観的評価であり、妊娠初期葉酸値と先天性単発奇形との関連評価は少ない。そこで本研究では、妊娠初期の母体血清葉酸濃度と先天性単発奇形発生リスクとの関連を明らかにする。

【研究方法】

対象は「環境と子どもの健康に関する北海道スタディ」で同意が得られた妊婦のうち、平成15年から平成18年12月までに分娩が終了した12,784名である。葉酸値は妊娠初期に採血し、化学発光免疫測定法(CLIA法)により血清葉酸濃度を測定した((株)SRL)。妊婦の既往歴、妊娠・出産歴、学歴、世帯収入、妊娠初期の内服薬、妊娠前後のサプリメント使用、喫煙・飲酒習慣などの情報は妊娠初期の自記式調査票で得た。また、分娩日、児の性別、出生時体重、先天性単発奇形有無などは診療録および出産後1年の自記式調査票から得た。対象者のうち、双胎妊娠者、糖尿病既往者、葉酸代謝障害剤の使用者、妊娠時年齢不明者、児の性別、出生時体重が不明のものは解析から除外した。最終的な解析対象者は10,185名である。先天性単発奇形発生と妊娠初期血清葉酸値との関連は教育年数、世帯収入、妊娠時年齢、出産経験で調整後、ロジスティック回帰分析をおこなった。

本研究は、北海道大学環境健康科学研究教育センターおよび北海道大学大学院医学研究科・医の倫理委員会の承認を得た。

【研究結果】

(1) 妊婦の属性・生活習慣と先天性単発奇形

先天性単発奇形がある出生児(症例群)は,272名(2.7%)であった。症例群と対照群の妊娠時年齢は、それぞれ29.5±4.5歳、29.4±4.7歳で両群に有意な差はみられなかった。教育年数区分は両群に有意な差が認められたが(p=0.042)、世帯収入、出産歴、妊娠初期の喫煙・飲酒の有無に有意な差はみられなかった。また、妊娠前後の葉酸サプリメント使用者(マルチビタミン含む)は、症例群45名(18.4%)、対照群1,542名(17.5%)で有意な差はみられなかった (表1)。

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(2) 妊娠初期血清葉酸値と先天性単発奇形リスク

妊娠初期血清葉酸値の平均は8.0±7.3ng/mlで、99.4%がCLIA法による基準値3.1ng/mlを超えていた。また、症例群の平均血清葉酸値は8.2±4.9ng/ml、対照群8.0±7.4ng/mlで両群に有意な差はみられなかった。

次に、妊娠初期血清葉酸値と先天性単発奇形発症との関連を教育年数、世帯収入、妊娠時年齢、妊娠・出産歴、妊娠前喫煙習慣、世帯収入、葉酸サプリメント摂取開始時期、妊娠初期の喫煙・飲酒習慣で層別化分析を行ったが、いずれも有意な差はみられなかった(表2,3)。

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3-1-1_表3

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さらに、妊娠初期血清葉酸値三分位数、葉酸サプリメント摂取時期、妊娠初期までの喫煙と先天性単発奇形発生との関連を検討したが、いずれも関連性は認められなかった(表4)。

3-1-1_表4
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【考察】

本研究の全対象者の平均血清葉酸値8.0ng/mlであり、99.4%がCLIA法による血清葉酸基準値3.1ng/ml以上であることから、血清葉酸値は十分であったと考えられる。

本研究では、妊娠初期血清葉酸値による先天性単発奇形発症への影響は認められなかった。また、葉酸サプリメント摂取開始時期、妊娠初期の喫煙有無を層別化して解析したが関連はなかった。コクランシステマティックレビューでは、妊娠前の葉酸サプリメント摂取による神経管欠損症発症リスク低下は認められたが、他の先天性奇形との関連は否定されている。しかし、葉酸値と先天性単発奇形の関連には言及されていない。

葉酸代謝物はDNA合成、メチル化に重要な役割を果たすことがわかっており、メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素(MTHFR)に代表される補酵素の活性変化が個体発生過程に生じた場合の奇形発生への関与が検討されている。体内で葉酸が十分に活用されるには、葉酸代謝関連遺伝子やそれの活性に関与する環境要因との交互作用を解明することが必要である。そこで、今後は葉酸代謝関連遺伝子多型を測定し、先天性単発奇形発症に関与する遺伝子多型と環境要因との交互作用を検討していく予定である。

2013年9月6日 更新 キーワード:, ,

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